最終更新日1999.3.28

私とSKi(コラム)

このグループを見ているといろいろ考えさせられますね。
アイドルだってただかわいいだけじゃないんです。
私がこれまで書き散らしてきた文章を集めてみました。


「リーダーから見る制服向上委員会」

〜有能な怠け者は司令官に
  有能な働き者は参謀将校に
  無能な怠け者は連絡将校に
  そして、無能な働き者は銃殺にせよ〜


落ち着いて考えてみるとミニコミでリーダーについてま
とまった文章を書いているのは見たことが無い。制服向
上委員会はまぎれもなく「グループアイドル」であり、対
外的にリーダーが必要とされ過去4人のメンバーが歴任
してきた。吉成圭子・青山れい・諸岡なみ子・本田博子
の4人だ。
本稿では制服向上委員会のリーダー4人のそれぞれの歴
史を概観してみたいと思う。


「次は誰が辞めるのか、楽しみですね」−吉成圭子−

この発言は93年(…愕然とするほど昔のことだな)8月
22日にエミナースで行われた「真夏の祭典」コンサート
でなされ、キティから発売されたビデオ「制服向上委員会
活動日誌」にも収録されている。
実は私が制服向上委員会を「初体験」したのはこのビデオ
なのだ。それまで、乙女塾くらいしかアイドルを知らな
かった私には、この吉成圭子の言葉は衝撃的だった。今
思えば赤面モノだが、このときまで「アイドルがアイドル
システムを批評する」ことができるなんて想像もしていな
かったからだ。ビデオで「公開生徒総会」を見たときの、
そして吉成圭子の「3人のファンだった人は私のファンに
なってください(笑)」発言を聞いたとき、私のアイドルに
対する思想は大きく変わったといえる。
ビデオを見ればわかるがこれらの発言の時、彼女ははっ
きりと「演技」をしている。もちろん本性ではないという
意味ではなく、ただ単に「演技をしている」ということだ。
彼女はつまり、制服向上委員会のメンバー(リーダー)と
しての吉成圭子・制服向上委員会内のユニットとしての
吉成圭子・過激発言でファンを煙に巻く(悪の)吉成圭子、
そして素の吉成圭子という多重構造をステージで見せる。
これはそのまま、この当時の制服向上委員会の構造その
ものでもあった。単純に吉成圭子ファン、あるいは高瀬
あやのファンだからSKIファン、というのでなければ、
この入れ子、多重構造のシステムに惹かれたからこそ初
期の制服ファンがあれほどマニアックな集団だったとい
えよう。


悪質ファン叱責事件−青山れい−

ファンにとってアイドルは一種天使のようなものだ。自
分がどんなにダメな人間でもその子のファンでいる間は
信じられないくらい優しい。普段は意地汚く自分勝手で
絶対女の子に好かれないような男の子でも、ちゃんと笑
顔をくれるし握手もしてくれる。
しかし、それも度が過ぎれば醜いだけのことだ。「何をし
ても拒絶されない」という環境下では(一部の)人間は自分
の欲望を制御することが出来なくなる。誰とは言わない
が撮影禁止のイベントやコンサートで隠し撮りをするこ
となど屁とも思わなくなるし、注意されれば暴力を振る
う。自分の欲望の充足を邪魔されるとすぐに暴力に訴え
るなど精神の病以外の何物でもないのだが悲しいことに
我々の愛するアイドルの現場ではそういう輩がかなり多
い。もちろん原因はそれをアイドルが拒絶しない(出来な
い)からだ。
95年3月31日「SKI春休み特番!ファイナル」コン
サート。この時期がSKIの現場が恐らく一番「荒れて」
いたころだった。ビールの缶やビデオテープが飛び交う
中で、彼女はステージに立ってはっきり「拒絶」を表明し
た。これだけをとっても制服向上委員会はアイドル史に
残る。「拒絶」というメッセージはアイドルとファンとの
間にこれまで交わされたことの無いメッセージだったか
らだ。
制服向上委員会は外見だけは従来のアイドルのフォーマ
ットを踏襲しながらも、アイドルシステムを破壊してい
く。恐らくステージで毅然と「内なる敵」に対処できるの
は歴代リーダーでも彼女しかいなかったのではないだろ
うか?吉成さんはそんなこと(撮影禁止)に興味ないだろ
うし、諸岡ちゃんにはしてほしくない(個人的願望)。普
通のアイドルならこのとき終わってもおかしくなかった。
終わらなかった要因はいろいろあるが、一番大きいのは
「アレ(現場の混乱)もSKIのメッセージの一つ」だった
ということだ。


「リーダーですか?…うーん…「エピローグ」の間奏でせり
ふを言う(笑)」−諸岡なみ子−

諸岡ちゃんのリーダー像は「スポーツ系クラブの部長」。
制服向上委員会が初期の混乱を抜けて成長期に入った頃
だったから諸岡ちゃんがリーダーになったのはいい時期
だったのではないだろうか。
このころは、SKIの基礎を作ったメンバーが次々抜け
ていく過程でもあった。一期生は、まぁ歌やダンスやト
ークの技量はともかく、「アイドルの情念(怨念)」はたっ
ぷりと備えていた。彼女たちが抜けたことで失ったもの
は多かったが、空気が入れ替わる(瘴気、とは言い過ぎだ
ろう)のはよかったかもしれない。ステージの屋台骨が抜
けて崩壊させないためには残ったメンバーでなんとかし
なくてはならない。制服向上委員会はこのとき内政充実
・再編成期だったといえよう。
こういうときのリーダーは「やさしくて頼れる先輩」でな
くてはならない。諸岡ちゃんは最後の一期生。スタート
が出遅れた分、「新入生の苦労」は身にしみていただろう。
対外的(対メディア的)にはあまりインターフェイスのい
いリーダーとは言えなかったかもしれないが、メンバー
には(それを見ていたお客さんにも)好かれていたはずだ。


妄想から行動へ−本田博子−

富田陽一郎もどこかで書いていたが本田博子がリーダー
になる前の制服向上委員会とは誤解を前提としたグルー
プだった。そして外部に対してその誤解を解く努力はし
なかった。というよりは目の前の客、自分達のやるステ
ージにしか興味が無かったのだろう。エミナースで完結
した表現。
しかし、本田博子はこれまでのリーダーには無かった「外
部とのインターフェイスの良さ」を持っていた。そういう
彼女に引きずられたわけではなかろうが制服向上委員会
は外部へ向けてかなりまっとうなメッセージを発信でき
る集団になった。おそらく彼女は制服向上委員会という
(アイドル)システムにかなりの自信を持っていたと思わ
れる。これはきょうびのアイドルでは珍しいことだ。
吉成圭子の方向の定まらないオーラのような表現、諸岡
なみ子のいいやつなんだけどいまいちまとまった話が苦
手、というようなものと違って本田博子には「明確でまっ
すぐな"コトバ"による」メッセージがよく似合う。彼女
の「はりきり委員長」な性格からもそれはうかがえる。
「清く正しく美し」い、「女の子の制服をもっとかわいく
する」ためのアイドルグループ。それは6年の歳月を経て
様々に変容していった。または行かざるを得なかった。
本田博子はそのグループの混沌とした筋道を読み込み、
消化し、整理し、後続へと伝えていくという、まさにリ
ーダーとして最良の行動をとったといえる。制服向上委
員会リーダーとして、アイドルグループの一員として、
彼女はもっとも優秀だったのではないだろうか。


それから…

風の噂で制服向上委員会次期リーダーは橋本美香ちゃん
と聞いた。満を持して、という感じか。SKIのステー
ジの華やかな部分(もっとも正統な)を受け持つ彼女がリ
ーダーとなることで、これからのSKIのステージがど
うなっていくか非常に楽しみだ。そして予告された最後
のリーダー、中井祐子。今ここで語ることは何も無い。
私の目、あなたの目で直接、世紀末のSKIを見届けて
いこうではないか。

               (制服向上委員会の秘密 収録/1999.1)


「制服向上委員会」という物語

●「トップをねらえ!!」というOVAがある。
地球を破壊しにくる宇宙怪獣(銀河系の中心から
やってくる)から地球を守るために戦う人々の話
しだ。
主人公は地球防衛軍付属沖縄女子宇宙高校の女の
子ノリコ。宇宙で戦うためのバスターマシン(モ
ビルスーツみたいなもん)を勉強している。
まるで才能がない彼女が、“努力と根性”でトッ
プになり地球を救うのだ。
作りはスポ根モノと宇宙戦争モノが合体したいか
にもって感じだ。

んで、太陽系防衛戦を経て、銀河中心殴り込み作
戦(宇宙怪獣の巣ごとブラックホール爆弾で吹き
飛ばす)を敢行するのだが、ワープを繰り返すご
とに地球で待っている友人達とどんどん時間がず
れていく。同級生は大人になり子供が出来ても自
分は高校生のまま。そして、最後の作戦で、不発
となったブラックホール爆弾を起爆させるために
爆弾(木星を改造したもの)の中心部へ突入して
いく。そうすれば、ワープ開始の位置も時間も狂
うからみんなと一緒には帰ることが出来ない。も
う、みんなと同じ時間を過ごすことは出来ないの
だ。
しかしそれでも、彼女行くのだ。戦いを終わらせ
るために。
私は、このシーンを見る度に泣く。
それは、この「悲しみ」が努力や根性、人智を越
えた悲しみだからだ。

我々が普段ぶつかる困難やら苦しみってのは、案
外原因は自分の方にあったりするものだ。努力不
足・やる気不足・注意力散漫・初めから努力して
なかった等々‥
どんなに自分が頑張っても回避しようのないもの
こそが本当の悲劇なのだろう。そういう意味では
いま、我々が観ているドラマには「物語」が本当
に少ない。

●今も日本中で、世界中で繰り返されている悲劇
(小さな犯罪から戦争まで)は、本質的に「人間
の持っている何か」から起こっている。
戦争が、「悪意を持った誰か」によって引き起こ
されている、なんてのは妄言に過ぎない。人は文
明を興す前から戦っていたのだ。
こうして繰り返される悲劇は、なくさなければな
らない。が、そのためには人間が「変わる」必要
がある。ここで言う「変わる」とは人間の持つ本
質的な部分(人間らしさ)が変わることを指す。

●制服向上委員会を見ていると何度も「喪失」の
場に立ち会わねばならない。「卒業式」もそうだ
し何の前触れもなくメンバーが「脱退」すること
もある。
卒業式でメンバーが泣きながらコメントする、と
いうようなシーンは生々しく、とてもエンタテイ
ンメントとは思えない。金を払って客席に座って
いる自分はなんなのか、と思うこともある。

大事なものを「喪失」すると痛みを感じる。それ
は「ツライ/嫌なこと」だ。普段、我々はそれか
ら逃げている。出来れば逃げたいと思っている。
しかし、その「喪失」を繰り返すSKiというも
のに我々がこうまで拘泥する理由は何だろう?

初め、SKiとは「喪失のシミュレーション」を
行なうシステムだと思っていた。そう、アイドル
というシステムが「恋愛のシミュレーション(疑
似恋愛)」と言われ(まっとうな世間から)蔑ま
れていたように。
しかしその思いは、5/6の大宮公演で覆される
ことになる。

●田村千秋がSKiを辞めた。
GW公演は客席がかなり盛り上がり我々は「コミ
ティにしてはサービス良すぎる。あとでしっぺ返
しがくるぞ。ちぁきが辞めるとかさ」などと軽口
を叩いていた。公演中ちぁきがやたらと泣いてい
たのは気になったが、まさかだった。いや「SK
iにまさかはないんだよ」と普段から言っていた
私でさえちぁきに関しては無警戒だった。
大宮のアンコール。ちぁきの言葉を聞いた瞬間に
体に衝撃が走る。他人の言葉で痛みを感じたのは
久しぶりだった。
SKiの中で一番好き、というわけではなかった
が受けたショックは大きかった。知り合いはみん
なそうだった。「家族を失ったときと同じ」ショ
ックだと誰かが言った。

●制服向上委員会の紡ぐ物語が我々にとって「痛
み」なのは、そこで展開されているのが疑似でな
い人間関係だからだろう、と最近思う。SKiの
イベントがやたらとフレンドリーなのも、そうい
う目的があるのかも知れない。意図しているかは
不明だが。
その人間関係は、確かにくだらないものかも知れ
ないが偽物ではないのだ。「実体のあるくだらな
い人間関係」。これは我々が普段会社などで直面
しているそれと一緒ではないか。
だから、私は欠かさずこまばに通う。SKiにと
って現場に居ないことは致命的なのだ。通常のメ
ディア(TV・ラジオ・CD・雑誌)でこのグル
ープの魅力が伝えられないのも当然だろう。

●「物語」が完結するまで我々は大事なものを喪
失し続けるだろう。我々にはそれを食い止める手
段はないのだ。しかし、彼女達と共に泣き笑い楽
しんだ時間は消えることはない。悔いのない時を
過ごすこと‥それが唯一残された道なのだ。

●ブラックホール爆弾を起爆させてワープしたノ
リコが地球に帰還したのは1万2千年後だった。
誰も残っていないと思った地球の表面に「オカエ
リナサイ」のイルミネーションが‥‥

絶対克服不可能な困難に直面しても「あきらめな
い」こと、そして「逃げない」こと。私が感動す
るのはそんな「物語」だ。そういう物語の中に、
私もあなたも、いる。

(おしゃれ制服向上委員会図鑑6号収録/1996.9)


「制服向上委員会」という物語2
〜エヴァンゲリオン篇〜

明日は来る/誰にも/傷だらけでも
(SKi・傷だらけの青春)

●96年12月、あるテレビ番組の取材を受けた
ときに「アイドル」や「ファン」というものを客
観的に見る経験をかなり強いられた(笑)
普段は自分も渦中にいるので考えもしないが、ア
イドルを知らない人に向かって自分達の生き方を
説明するのはこんなにも難しいんだと思い知らさ
れた。が、それと同時に自分のやっていることを
説明する過程で発見したこともあって非常にいい
経験だったと思う。
基本的に外部(SKiという物語に参加していな
い人間・環境を便宜的にこう呼ぶことにする)に
とってアイドルとはせいぜい高校生くらいまでの
趣味であり、それ以上のいい大人が追いかけるも
のではないってのが普通だろう。
無論、知ってのとおり現在のアイドルは高校生が
興味を持つようなモノでは到底無い。あれは大人
のオモチャ(笑)なのだ。ガキの手に負える代物
ではないのだ。
前提になる基本知識にそれだけの隔たりがあれば
どんなに取材を重ねても、正しい結論は出ないと
思う。情報を集積しても、分析に恣意が加われば
導かれる結果は事実とはとても似つかないモノに
なるはずだ。
我々がカルト宗教の真の内情を把握できないのと
同じことなのだ。事実を知るために内部へ入って
行く勇気があなたにはありますか?(笑)


明日のことは/わからない/今が大切よ
(SKi・未熟な時間)

●外部のことはもういい。奴らは外からではこの
世界を理解できないのだから放っておけばいい。
前号の原稿を書いたあと、私がこの原稿を書きあ
ぐね、締め切りを引き伸ばし(気がついたらもう
正月だぜ)よそのアイドルちゃんにうつつを抜か
していた間にSKiから再びメンバーが去ってい
く。3期生が入って、SKiは一時の鋭すぎる悲
劇を産まなくなったように見えたがそれは錯覚だ
ったようだ。
前号で書いたように、メンバーとファンの間にあ
るものが人間関係だとするなら、メンバーの突然
の脱退は関係者の(この場合はほとんどがファン
の)心を深く抉るようなものになる。メンバーが
出ていったならファンへの三下り半だし、クビな
ら(泣)死別と同じだ。そんな別れに何度も立ち
会っていると人の心は次第に荒んでくるのだろう
か?
最近、我々の間で「新興勢力」という言葉が出る
ようになった。元はと言えば、主要コンサートの
最終日に出没するようになった一群を指していた
筈だが客のフィールドワーク(笑)を真剣にやっ
ていない私にはその勢力の実態はよく掴めない。
ただわかるのは、「喪失」の物語の洗礼をまだ受
けていないのだろうなぁ‥ということだ。
まだファンになりたての人が「SKiには純粋に
音楽的にひかれて云々」「他のアーティストのコ
ンサートを観るのと同じスタンスで云々」だから
客席を動いてみたりロビーでたむろしてたりする
のはイカンと。
なるほどなぁ‥と思う。96年のSKiはこうい
うファン層をも取り込む一年だったのだ。SKi
サイドにそういう意図が有ったことは認めよう。
だがしかし依然としてSKiは「物語を紡ぐ」シ
ステムなのだ。ただのエンタテインメントだと思
って観に来てるといつか泣きをみるぜ(笑)


「私には他に何もないもの‥‥」
(綾波レイ・エヴァ第6話)

●我々はちょっと怒っている。いや、他の人がど
う思ってるか実はあまり自信がないのでここは「
私は」に変えてもいい。その怒りは、そう「エヴ
ァンゲリオン」を理解できない人間へエヴァファ
ンが持つそれと同じだ。解説するまでもなし、見
てそれでわからん奴はもう話にならん。って感じ
ね。制服向上委員会とはCDやコンサートやそう
いう「作られたモノ」を見て判断できる生半可な
ものではない。それは生活を侵食し、それこそ「
心も体もひとつに」(エヴァ第20話)なるよう
なモノなのだ。それで気持ちいいかどうかは、個
人の主観になるが‥(笑)
SKiファン(一部か)の中でこのアニメが盛り
上がるのもわかる気がする。図式が似ている、の
だろう。タレント(才能)の欠落した少女達と、
大事なものを喪失した中年(爆笑)との物語なの
だ。体裁はロボットアニメなのに勇ましい描写が
ちっともメインじゃないところも、アイドルの皮
をかぶってファンに謎をかけるSKiと共通する。
無論、ここで重要視するのは「欠落と喪失」の物
語である、ということだが。問題なのは、それを
補完する意志があるかどうかだが困ったことに少
なくとも私はその必要性を感じていない。僕らの
(突然呼称が変わるが(笑)これが自然だろう)
欠落と喪失は、これは選択したものだからだ。
補完されず癒されない心を持ったまま僕らはこの
場に漂う。そして流れついたSKiでも血を流す
ことになる。


「悲しいと思ってるのに出ないんだよ。涙が」
(碇シンジ・エヴァ第23話)

●2月には再び卒業式でメンバーが抜ける。まぁ
今更理由を云々することはないんだが、ただ一つ
言えるのはこの年頃の女の子にとってSKiとい
う物語はすべてを消耗しきってしまうほどの重い
モノだということ。
だから平行して他の物語を進行させるようなこと
は無理だし、SKiじゃ無いほうの物語を優先す
れば‥こっちは中断せざるを得ない。学業優先な
ら悔いのないように頑張って欲しい。僕らなら大
丈夫だ。君がいなくなってもなんとかやっていけ
るさ。

ま、いろいろあるだろうけど今年もよろしく。

(おしゃれ制服向上委員会図鑑7号収録/1997.1)


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